第20回日本音楽療法学会学術大会(20th Annual Meeting of the Japanese Music Therapy Association)

学術大会のご案内

G-3 大会長講演・市民公開講座

音楽で治療なんてできるのか?
齋藤 考由(日本音楽療法学会 九州・沖縄 支部長)

大会長講演のタイトルは、いささか挑戦的なものとなりました。それは、今回の講演が「市民公開講座」として企画されたことと関係しています。市民講座ですからもちろん一般市民に向けてご案内するわけではありますが、なかでも「音楽療法」に批判的な目を向けられることも多い臨床心理士、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士などの関連他職種の方々に音楽臨床の実際をお伝えして、理解を深めていただきたいと考えました。

タイトルに掲げたのは、25年近く前にドイツの精神科医師から演者に投げかけられたことばです。彼はGeige(バイオリン)を演奏する人でしたが、Musik(音楽)とTherapie(治療)がなぜ結びつくのか理解できないと首を傾げました。この言葉は、演者自身が日本では解決することができず渡独するきっかけとなった疑問そのものでしたので、強く記憶に刻まれています。結論を先取りすれば、確かに「音楽で治療できる」のです。しかしその結論に到るには、少し用心ぶかく話しを進める必要があります。

まずは、「音楽」をどう定めるかが課題です。演者は、J. Blackingに依って音楽を「人間により組織づけられた音響」と位置づけています。そうすることで、一般にありがちな「すでにできあがった楽曲としての音楽(piece of music)」への捉われから自由になれます。C. Smallのいう『音楽すること(musicking)』という考え方とも関連してきます。

次に、「治療法」の意味での「療法」の整理が必要です。「治療」が成立するために必須の要素は、常識とはことなり「病む個体に具わっている自然治癒力とそれを抱える自助の活動(神田橋條治)」です。つまり「治療者(療法士)」は必ずしも必要ありません。音楽療法の理想像とは、苦悩を抱えた人が自ら音楽し癒えていく姿です。当日は、その実例として作曲家の(故)藤井凡大氏と子供たちによるリコーダー・アンサンブルの例をお話しします。

さて上記の考え方に立つと、われわれ療法士(治療者)は悩む人の努力が報われないときにやむなく登場する「異物」です。「病む主体 (=患者さんやクライエント) 」の人生にとっては、本来なくて済むほうがよい存在となります。このように自らを位置づけると「音楽療法は良いこと」というわれわれが陥りがちな先入見(偏見)からも自由になれます。

加えて、音楽療法の意味を問うときに、もし「音楽でもできること」しか示せないのでは不充分です。「音楽でしかできないこと」が示せてはじめてその存在意義を主張できます。当日は、演者のささやかな治療経験の中から、重症神経症、うつ病、統合失調症などによって「死ななくても良いのに死にたがる人」や、認知症末期、癌の終末期などで「死にたくないのに死んでいくしかない人」との音楽臨床の実際をお示しして、はたして「音楽だからこそできること」が本当にあるのか皆さんにも考えていただきたいと思います。

時間が許せば、日頃われわれが主語のいらない日本語によって『言分け(丸山圭三郎)』られた世界を生きていることが、『音楽すること』を他の領域へ伝達しようとする際の恩恵となりうることを考察し、これからの20年にむけて、この国から外の世界へと音楽療法の情報を発信していくうえでの可能性についても展望できればと願っています。

齋藤 考由(さいとう としゆき) プロフィール

日本精神神経学会精神科専門医、精神保健指定医、麻酔科標榜医。

昭和51年
九州大学医学部入学と同時に九州大学男声合唱団コール・アカデミーに所属、ソリストならびに学生指揮者として活動。合唱指揮を(故)藤井凡大氏に師事。
昭和55年
精神科での音楽療法を開始。
昭和57年
九州大学医学部卒業後、混声合唱団 福岡コール・フェラインの設立に関わり、(故)荒谷俊治氏の指導のもとインスペクターや団内ソリストとして活動。

平成8年から9年にかけて、ハイデルベルク大学医学部精神科に留学し、音楽療法を研究。発声法とフェルデンクライス・メソッドを Renate Wellmann、歌唱法を Prof. John Porterに師事。

平成9年
日本音楽療法学会 認定音楽療法士。

平成14年より 社会福祉法人ひびきの杜 理事長。

平成28年より現職、医療法人社団 齋藤醫院 精神科勤務。

  • 専攻:精神病理学、音楽療法
  • 著書: ケースに学ぶ音楽療法Ⅱ(2017,岩崎学術出版社,共著)
  • 論文:精神疾患に対する即興的音楽療法(1999,音楽療法研究、臨床音楽療法協会)ほか
  • 訳書:音楽療法事典(1999,人間と歴史社、共訳)
  • 役職 : 日本芸術療法学会 理事、西日本芸術療法学会 理事、日本臨床音楽療法学会 理事長